国際スカウト連盟90周年
国際スカウト連盟が90周年記念式典を9月に行なうそうです。
このブログは、国際スカウト連盟のことを何度か書いています。
日本連盟より歴史が古いスカウト連盟が日本に存在していることを知らないスカウトは多いです。
この国際スカウト連盟は、神奈川県横浜市にあります。
国際スカウト連盟横浜1団です。
外国国籍のスカウトで構成する団で、BP直筆の認定書もあります。
BPの来日の話は、聞いたことはあると思いますが、2度も日本に来日していることは知らないと思います。
国際スカウト連盟に来ているののです。
歴史は都合の良い様に換えられるのでは、正しい歴史が伝承できませんね・・。
スカウト運動のスタート時点では、イギリス国籍でないとスカウトになれなかったのです。
つまり、イギリスとその植民地などの青少年に対するプログラムだったのです。
日本においても、通称 グリフィン隊が横浜に誕生してBPを横浜港(赤レンガ倉庫横)で迎えて、BP(&オレブ)を驚かせました。 日本にも伝承していたのか・・・って訳です。
BPはアメリカ連盟設立の帰りの船の乗って日本に来たのです。
オレブ(ガールガイド・スカウト)と知り合ったのもその船です。
情報将校であったBPですから、日本に来るのもそれなりの思惑があったのかもしれませんが、
日本で会いたかった人物には会えずに帰航しました。
国際スカウト連盟は、イギリス国籍以外の外国国籍スカウト隊ですが、グリフィン隊と間違われることがあります。
イギリス国籍以外のスカウト連盟として承認され、2・3団は「上海」「スエズ運河」「パナマ運河」などに存在していたようです。なんとなく近代史が好きな方なら想像つきますね。
その後、世界各国にスカウト運動は広がり、それぞれの国を単位とする連盟組織になりました。
日本でいうと日本連盟ですね・・。
日本連盟より5年登録が早いのが国際スカウト連盟です。
ブラッカ総長は「国際スカウト連盟は戦時中も活動していた」と言います。
外国人を戦時中は箱根足柄山中に隔離していたのですが、戦時中でもスカウティングしていたのはすごいです。
日本は、統合されましたので、連盟は前後復興するまで活動中止です。
日本連盟が戦後復興する際に、隔離していた外国スカウトたちが協力した歴史も消えています。
自分たちだけでGHQに交渉して復興した訳ではないのです。
戦後復興の大会は、皇居前の広場でのキャンプでした。
その当時のカラー写真が国際スカウト連盟のアルバムには残っています。
物資の無い時代にカラー写真ですよ・・・。
私はそんな歴史も伝えることが大切だと思います。
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